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夢で逢えたら 2

窓から入ってくる明るい春の陽射しに、誰もがうとうととしてしまう季節。

目が覚めたらのんびりと足の向くまま、気の向くままに散歩して…そんな時に、

ふと立ち寄ってみたくなる。

『花言葉』はそんな喫茶店だ。

誰かの家に遊びに来たみたいに過ごしてほしい。

だから、大きく看板を出すこともなく、クチコミで常連客が増えていくような…

そんな感じ。

「曲がってない?大丈夫?」

「うん。もうちょっと、右側を下げて…」

「こんな感じ?」

「あっ、下がり過ぎた!」

「えっ、じゃあ…」

「あっ、また上がり過ぎだよ」

「春ちゃん。自分で見ながら直したほうが、早いんじゃないの?」

そう言いながら、翔平がフレームを徐々に動かしていくと

「あっ!そこっ!そこで止めてっ!」

春海が大きな声で叫んだ。

ふたりは今、店の壁に掛けてある、可憐な花の写真のフレームを掛け替えている

ところだ。

数々の花の写真は、春海が時間のある時に、一眼レフを片手にあちこち歩きながら

撮りためたものだ。

「ここ終わったら保育園に美空を迎えに行ってもいいかな?
今日はおふくろが都合悪くてさ」

「うん。いいよ。どうせ暇だし。行ってきなよ」

「わりぃな」

「いいって、いいって」

彼女~佐藤春海(さとうはるみ)が、本編のヒロインだ。
まぁ、ヒロインなんていう柄でもないか…。

鎌倉にあるこの喫茶店『花言葉』の若きオーナーである。

若き…といっても、つい先日とうとう35歳になってしまった。

名前からわかる通り春の生まれだ。

この歳になるまで独身でいるのは、独身主義なわけでもないが、結婚願望が強い
わけでもない。

ずいぶん前に両親を事故で亡くして以来、歳の離れた妹とふたり、父親の両親と
一緒に暮らしてきた。

実は、この喫茶店も春海の両親がやっていて、両親が亡くなったあと一時は他人の
手に渡ったが、祖父が買い戻してくれたものだ。
その祖父もおととしの暮れに亡くなった。

妹の彩夏(あやか)は、高校を出て大学の途中で小さな劇団に入り、大学は中退して
しまった。

その時に家を出てひとり暮らしを始めて、今ではその劇団の看板女優として活躍
している。

といっても、自主公演のたびに、劇場を借りる費用やらチケットを売りさばかなければ
ならないので、公演以外の時にはアルバイトで忙しそうだが…。

「うみちゃ~ん、ただいまぁ!」

店の扉を開けて、勢いよく駆け込んできて、春海の足にまとわりつく。

子犬のように転がりこんできたのは、今、翔平が迎えに行ったはずの美空(みく )
だった。

「あれっ?そらちゃん、なんでいるの?今、パパが迎えに行ったのに!」

「あのね、そらね。今日ね、あいちゃんとね、かえってきたの」

ちょっと得意そうに言う。

「えっ、藍ちゃんと帰ってきちゃったの?藍ちゃんのママも一緒なの?」

「ううん!そらね、あいちゃんとね、かえってきたの!」

「何?もしかして、ふたりだけで帰ってきちゃったの?洋子先生は知ってるの?」

「知らないっ!」

きっと今ごろは保育園は大騒ぎになっているだろう。

美空は翔平の一人娘だ。

翔平は春海の両親がこの店をやっているころから、店を手伝ってくれている。

春海より3つ年上なので、春海は子供の頃から翔平のことを、本当の兄貴のように
慕っていた。

翔平が結婚して美空が生まれると、春海にとって美空は姪っ子のような存在だった。

とはいっても、翔平の妻の麻里子が元気なうちは、翔平も美空を店に連れてくることも
なかったのだが…。

「春ちゃん、電話してきなよ。美空ちゃんは私がみてるから…」

「うん。由美子さん、ごめんね」

常連客の由美子に美空を頼むと、店の電話で慌てて保育園に電話する。

保育園は大騒ぎになっていた。

「あぁ、よかったぁ!じゃあ、無事に着いてるんですね。もう、洋子先生が泣きそうな
声で電話してきて、これから手のあいてる先生が総出で捜しに出ようとしてたんです。
本当に申し訳ありません」

「いぇ、こちらこそ。じゃあ、翔平…藤本には、私から連絡しますから!」

電話を切って、翔平にかけ直そうと、もう一度受話器に手を伸ばしたら、電話のベル
が鳴った。

翔平からだった。

「美空がいなくなっちゃったんだけど、そっちに行ってないか?」

「うん。いるよ。藍ちゃんとふたりだけで勝手に帰ってきちゃったみたいだよ」

「はぁ~、やっぱり行ってたか…。じゃあ、洋子先生に言ってすぐに戻るよ」

大人たちの心配をよそに、とうの美空は保育園のかばんから、らくがき帳とクレヨン
を出して、一生懸命に何か描いている。子供の成長って早い。

ついこの前までハイハイしていたと思ったら、もう自分で保育園を抜け出して帰って
きてしまう。

美空は描きあがった絵を、得意そうに春海に見せてくれた。

小さな女の子を真ん中に、メガネをかけた男の人とショートカットでカメラ(らしきもの)
を手に持った女の人が手をつないで立っている。

3人のまわりには色とりどりなたくさんの花(どれもチューリップに見える)が
咲いていて、青く塗られた空の端には、真っ赤でまんまるな太陽が描かれていた。

「ほら!あげる~」

「また、うみちゃんにくれるの?ありがとう」

「いいなぁ、春ちゃん。どこに飾るの?」

「額に入れて自分の部屋にね、飾ってるのよ」

春海の部屋には、そうして美空からもらった絵が何枚も、スクラップしてとってある。

「春ちゃん、いっそのこと、翔平くんと一緒になっちゃえばいいのに」

笑いながら由美子が言う。

「やだぁ!やめてよ!兄貴と夫婦になるなんて、考えたくないわ」

「麻里子さんが亡くなって、もう一年半だっけ?考えてもいいんじゃない?」

「冗談でしょ。私はひとりでいいよ」

「お休みとかひとりじゃつまんないでしょ?」

「そんなことないよ。あちこち写真撮りに行くし…。来月もまた山中湖に行くんだ。
バスツアーも楽しいよ!」

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