青い鳥のいる部屋 57

. 13.それぞれの想い




一馬と美鳥、ふたりが初めて横浜でデートをして、密かに付き合い始めてから4ヶ月がたとうとしていた。

季節はすでに春から夏へと変わっていった。



「最近、いいことあった?」

一緒に昼食を食べていたパートの佐々木さんに聞かれて、美鳥はドキッとしてお箸を持つ手が止まってしまった。

「なんで?」

「だって山咲さん、最近いつも楽しそうだもの。いいことあったんでしょ?」

「えっ、そうかしら?」

「隠したってダメよ!顔に出てるわよ~」

思わず両手で頬を押さえてしまう。

「えっと…もうすぐ夏休みだからじゃない?」

「あらあら、隠さなくたっていいのに。誰かいい人が出来たんじゃない?」

「そんなんじゃないわ」

美鳥が平静を装って食事を続けようとするのを見て、佐々木さんは嬉しそうに笑う。

「山咲さんのそういうとこ、可愛くって好きよ」

そんなに顔に出てわかりやすいのかしら?と思いつつ、あくまでも『そんなことない』という態度をとろうとする。

「まぁまぁ、じゃあそういうことにしとこうかしらね。でも山咲さん、可愛いし優しいし…性格いいから、

素敵な彼氏がいるのが当然だと思うけど」

「そんな…私なんて…もうおばさんだし、気はきかないしダメよ」

「そういう謙虚なところが山咲さんらしいんだけどね。もっと自信を持ったらいいのに…」

そう言われても簡単には自信なんて持てそうにない。

けれど、今は美鳥には一馬がいてくれる。

誰にも内緒だけれど、ふたりだけの秘密だけれど…。



そんな美鳥を我が子のことのように、佐々木さんは思っているのだ。

佐々木さんの本当の娘さんは、美鳥よりも15歳くらいは年下の若くて可愛らしい女性なのだけれど、

佐々木さんには美鳥のほうが、むしろ心配でたまらない。

このおっとりした娘は、いつも自分のことより他人のことばかりを考えていて、自分のことには臆病でさえある。

典型的な今時の娘な自分の娘とは違うのだ。

しっかりしているようで傷つきやすい、美鳥の性格がわかるから、美鳥が前の旦那さんと別れたばかりのころは、心が壊れてしまわないかととても心配だった。


それが昨年の暮れあたりから、少しずつだけれど明るくなってきたな、と感じていた。

特にこの春あたりからは、顔つきまで違って見える。

恋をしている女性の顔だ。


恋をすると女性は綺麗になるというけれど、それは本当だな、と佐々木さんは改めて実感した。

ただそのことに本人の美鳥は気づいていないようである。



そういえば…


「そういえば、営業の阿部くんが山咲さんのこと気にしてたわよ」

「えっ、私なにかしでかしたかしら?」

不安そうに美鳥が、仕事の内容を思い出そうとするのを見て、思わず吹きだしてしまった。

「やぁねぇ、美鳥ちゃんったら。違うわよ。そういう意味じゃないってば!」

可笑しそうに笑う佐々木さんの顔を、美鳥が怪訝そうな表情で見返しているが、まだどこか不安そうだ。

( 本当にこの子はおっとりしてるっていうか…自分のことには鈍いんだから )

まぁ、そこが可愛いところなのだろう。

「そうじゃなくて、山咲さん彼氏いるのかなぁ?って言ってたのよ」

それを聞いて思わず美鳥は

「そんなこと、阿部くんが言うわけないでしょ。佐々木さんの聞き間違いじゃない?」

と言った。

阿部 誠は、最近美鳥の勤める会社に中途入社してきた。

持って生まれた性格なのか、人あたりもよく誰とでもすぐに打ち解けてしまうようで、美鳥にも会うたびに気安い口をきいてくる。

それがイヤミに感じられないのは、彼の持つ明るい雰囲気と誠実な仕事ぶりのせいだろう。

美鳥よりも5才年下の34才だから、ちょうど働き盛り男盛りで独身だ。

美鳥よりいくつも若い会社の女の子たちの間では、なかなか人気もある。

そういえば…先月だったか、一緒に食事に行かないか?と誘われたことがある。

そのときは体調も今ひとつだったし、職場の何人かで飲みに行くのだと思ったから、あまり深く考えずに断ってしまった。


( まさかねぇ… )

きっと佐々木さんの勘違いだろう。

阿部くんも人がいいから、たまにはみんなで一緒に食事でも…と誘ってくれたのだろうし。

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